ASD、ADHDを持つ学習者さんの学習活動について様々な場面で取り上げられることが一般化したように思います。一方でASDやADHDといった言葉の定義は研究者によってほんの数年で書き換えられ、この特性のとらえにくさを表しているようです。学習塾でもどこかで聞きかじってきたような指導法くらいではとても対応できず、一人ひとりの別個の特性にその都度向き合うことが求められていると痛切に感じています。
ASD、ADHDを持つ学習者さんに「毎日こつこつ計画的に学習しなさい」とか「来週までに単語を100個暗記してきなさい」などと要求して指導者がいらいらするのはお門違いなのでしょう。それが通ればASDとかADHDなどというのは存在しないのと同じです。苦手な暗記学習をどのようにサポートするか、どのように学習を上手に分散化するか、学習塾は工夫をしなければいけないのだと思います。
積み上げ学習を苦手とするこのような学習者さん達にとって英文読解やリスニングやシャドウイングは苦痛な取り組みなのでしょうか。疲れやすい彼等・彼女達ですが理解しようとする意欲は十分に持っていると考えています。指導者が伴走する形で読解活動・発声活動に取り組んでもらうことは着実に読んでいけるという実感を与えてくれます。またそれに応じた成果も発揮できます。一方的に解説をされ覚えることを押し付けられる授業では得られないもだと考えています。(昨今そのような指導はむしろ珍しいですが)。一にも二にも講師と一緒に読解のトラックを走っていく体験はかけがえのないものとなるでしょう。
もちろんその前提として指導を実施する側が学習者さんたちの状況を十分に理解している必要があります。学習者さんの置かれた状況を適切に理解できていない中で、やみくもに指導を試みても、何の効果もないばかりか、良かれと思って行った指導がむしろマイナスに働き、学習者さんを学習から遠ざける結果にもなりかねないからです。
弊塾は障害や疾患を有する学習者さん達向けの専門の学習塾ではありません。ただ入塾を希望される方たちにはできる限りのことをしたいと考えています。
ただ残念ながら、抱えている特性についての情報を伏せたままで入塾させる保護者の方々がいらしゃいます。その場合、講師が予想さえしない事態が発生することが多く、指導内容も本来の目的から逸れざるを得なくなることがあります。学力の向上を目指して指導を進める学習塾としても悩ましい限りです。
講師のことばの行間を読み取れなかったり、忘れ物が度重なったり、集中力を欠くという程度のことであれば指導計画の修正で乗り切ることは可能だと思います。しかし、指導中に意識がなくなったり、身体的な発作・硬直が起きたり、人格の入れ替えが起きたり、極度のうつ状態になる等の事態が発生した場合、厳しい言い方とは思いますが、保護者様の姿勢としてどうなのだろうと思ってしまいます。
障害や疾患の事実に触れることはあまりに繊細な事柄だと認識しています。しかし、学習指導はそのような特性そのものに密接に関与する活動であり、指導する立場にある講師はその属性に足を踏み入れることさえあることをご理解いただきたいと思います。弊塾への入塾に際しましては、学習者さんの特性の一部でもお伝えいただくことをお願いしたいと思います。